🐏のねごと

ここに書いてあるのは大体ねごとだと思ってください。

社会の未来に挑む「高田純次理論」

こんにちは、今回はもう既に立派なおぢさんである皆さんに、もう既に立派なおぢさんである私の考えた高田純次理論」を提唱したいと思います。

 

2024年初ブログですが、今更挨拶だの抱負だのを語るのも何だかバカっぽいし、そういう「これ書かなきゃ!」みたいな観念に囚われず、気付けば数十件に及んでいるブログネタメモと共に今、書きたいものを書いていこ~!

 

さて早速ですが、「高田純次理論」とは!!!

 

『おぢ予備軍』…否、『おぢ』である私たちと、これからの社会との間で必然に起こる差異…所謂「ジェネギャ」を受け止め、傀儡跋扈の未来社会を生き抜く唯一にして絶対のメソッドなのです!世の全ての『おぢ』よ、高田純次になれ!

 

むむ…どういうことか分からない?

落ち着いてください、ここから順を追って説明をいたしましょう。

 

世代間の軋轢が日々絶え間なく拡大する我が国において、最も忌み嫌われているジェネレイション……、そう『おぢ』。全年代の女性からは元より、若い男性層からも圧倒的に忌避されているこの属性は、生活における一挙手一投足が明日の人生の明暗を左右していると言っても過言ではありません。加齢による容姿を始めとしたありとあらゆる劣化&若い頃のまま時の止まった精神性のアンバランスから来る様々なズレ、もとい勘違いを許容できる余裕のある人など存在しないのです。この世界のどこにも…。

 

え?「オレはまだおぢじゃないよw」って?

いや、、、『おぢ』なんですよ!!!

あなたも!ぼくも!悲しいですが『おぢ』なんです!!!

もうとっくのとうに!!!!!

 

…いいですか?その認知の歪みこそ、おぢがおぢたる最大の理由であり、嫌われる原因なんですよ!まずは現実を受け止めましょう。いくら私の「高田純次理論」が有用とは言え、それを受け入れる下地が無いことにはどうしようもありません…。

 

 

「輝いていたオレ」は思い出に過ぎない。

「スポーツで汗を流していたオレ」、「モテモテだったオレ」、「誰よりも熱中していたモノを持っていたオレ」、あの時の輝きを思い返せば枚挙に暇が無いのは事実…かも知れません。でももう、過去なんです。

いいえ、思い出です。

 

文化や価値観も言わずもがな同様に変容しています。

「あの頃のメインストリーム」はもう見る影を失っているのです。肌感で分かっている気になっているのでしょうが、今のメインストリームを理解していますか?していませんよね?それ、おぢの証拠です。

 

はい、ここまで読んだ時点で相当にカロリーを消化したことでしょう。あまりにも図星過ぎて怒りを覚えた方も居るかも知れないし、もしかしたら発狂してしまった方が居てもおかしくない…。それ程までに認知の歪みを矯正することは難しい。

でも今日、これに気付けたあなた、私はひとつ前に進めたのです。それって凄いことですよ。

 

自分がおぢであることに自覚が持てたあなたには申し訳ありませんが、本題に入る前にもう少し続けさせてください。

 

 

私たち『おぢ』にはもう一つ、致命的な欠陥を抱えています。

それは、「話がどうしようも無くつまらない」ということです。

しかしこれは現代社会を生きるおぢが何をどうやっても回避できない宿命と言えます。何故なら毎日朝から晩までモルモットよろしく働き詰め、家に帰っても自由な時間はごく僅か。唯一の休日も平日に蓄積した疲労と家事で消化されてしまう。こんな状況で面白い発見やユーモアの閃きなど生まれるはずがありません。

 

 

皆さんこんな覚えはありませんか?

久しぶりに大学の友人と会う約束を立てたものの、お互いの近況を一通り話した次に話すことがない。昔の思い出話に花が咲く一方で、昨日今日あった出来事で笑える内容を持っていない。仕事や人間関係の愚痴は無限に出るけども、あの頃箸が転げただけで爆笑していた"ノリ"を思い出せない。

 

…そうです、これが「つまらない」状態なのです。とにかく先が無い。先が無いなら無いなりに今を笑おうとする気概も意志も無い。いつから自分の人生はこんなに無味乾燥なものになってしまったんだと泣きたくなる夜もありますよね。

いやいや話のタネくらい持ってるよ、と仰る人がいます。大体が何か没頭している趣味を持っている人が多いと思います。それは素晴らしいことなのですが、その趣味の話が面白いかどうかで言えば、面白いケースは稀だと言わざるを得ないでしょう。

あるいは、社会的な成功を収めた凄い方にある武勇伝、家庭が出来て自慢できる嫁や子供が居る…とか。いやそれ何がおもろいねん。

※この後にも触れますが同じ趣味を持った≒繋がりがある場合は別ですよ

 

 

冒頭から私たちは『おぢ』だと言い続けていますが、実は『おぢ』には二つの段階があると思っています。

上記までがフェーズ1で、私たちはまだ言ってもココです。フェーズ2は、この「つまらない」状態からどうにかして抵抗し始める段階です。フェーズ1の状態が続くと、『おぢ』の交友関係はどんどん狭くなります。これは環境の影響も大いにありますが、まあこれも回避できない現象でしょう。

人間とは脆い生き物なので、繋がり無くして孤高に生きていける人は少ないです。無理にそうしようとすると狂ってしまう。この時点で家庭を築けている人は不必要ですが、そうでない人はやはり人を求めるものだと思います。しかし人生を共にするパートナーも居なければ、過去の人間関係は消失…、取り残された『おぢ』は自然と職場を代表とするパブリックな場所での交友を強めようとします。やがてこれには、家庭を築き不必要だったはずの者も、居場所を失うことで同じ『おぢ』として加わることでしょう。

 

 

パブリックな場に『おぢ』が積極介入するとどうなるか?

もうお分かりかと思いますがまあ漏れなく嫌われます。たびたび世間で冷ややかな目を向けられる「飲みニケーション」、「セクハラ・モラハラ」が発生するという流れです。

これはパブリックな場での過剰な繋がりを求めてしまう『おぢ』と、そうでない『おぢ』以外の層との間に起こる差異であり、『おぢ』がもたらす災害の最たるものと言えるでしょう。

なお、人との繋がりとは即ち承認欲求であり、それを仕事で満たす方向に舵を切る『おぢ』も存在します。謎にクソ早朝から休みでも働いている『モーレツ社畜おぢ』、理不尽をばら撒く『パワハラおぢ』、全部『おぢ』の亜種です。

 

 

どうですか?「こんな風にはならない」と思ったあなた、胸に手を当てて考えてみてください。意外ともうそんな風になってしまっている一面がおありではないですか?

社会で嫌われている『おぢ』ですが、その社会こそ『おじ』を生み出す構造となってしまっているのです。全国転勤、残業、少子高齢化などなど、我が国が抱える労働環境・社会の課題のシワ寄せの権化が『おぢ』だと言えると私は思います。

 

では、私たちはフェーズ2の『おぢ』になるのをただ黙って待つしかないのでしょうか…。

嗚呼!なんと愚かな『おぢ』…、ただただ失った人との繋がりを欲するがあまりに怪物と化した『おぢ』よ…。

 

お待たせいたしました、そんなあなたにこそ習得いただきたいのが「高田純次理論」です。

こういった逆風吹き荒ぶ現代社会を『おぢ』として生き抜く唯一にして絶対のメソッド、その秘訣は、もうその名の通り…

 

高田純次の様に振舞うということです!!!

高田純次さん(77歳)

皆さんは高田純次と聞いてどんなイメージが湧きますか?

テキトーおぢさん、のイメージが強いのではないでしょうか?

人物が古過ぎてこれ自体が『おぢ』丸出し?いいえ、違います。

『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』とある様に、『おぢ』にとっての歴史にあたるのが高田純次氏だということです。

 

 

高田純次理論」は要するに、高田純次氏の様な『おぢ』になるための方法論です。

テレビでの高田純次氏の振る舞いを観てると分かりますが、彼は品性のバランスの取り方が天才的で、また他者との距離感も非常にスマートです。

 

先般私が長々と説明した通り、私たちが『おぢ』になる・なっていることは変えようのない事実であり未来です。しかし、同じ『おぢ』の中にも優劣はあり、あなたが劣っている側…すなわち誰からも相手にされず孤独で寂しい『おぢ』になってしまう未来は変えられるはずです!

高田純次の様なおぢ』になることで、私たち『おぢ』は社会的に救済されるのです。私はそう信じています。

 

さて、「高田純次理論」における重要ポイントは下記の通りです。

 

・傾聴:自分の話ではなく相手の話から発展させる

・謙虚:下げて取る笑いをする際は自分を下げる

・配慮:下品なことをやっても引き際は弁える

・容姿:見た目に気は配るが格好は付けない

 

こうして並べると基本のキだろうと思えなくもないですが、実際意識してないと出来ないことばかりではないですか?

もちろん彼は芸能人ですし、過去の番組では当時の価値観も相まって、今の世間のラインで考えればやり過ぎなシーンは多々ありますが、彼に倣うべき点と現実の擦り合わせを極めていくことこそが「高田純次理論」の核なのです。

 

よくネットで揶揄されたり晒されている『おぢ』のほとんどは、上記のポイントに欠けている点があるはずです。この理論の難しさは、これらは『おぢ』でなかった頃の私たちに意識して実践する習慣が無かったことにあります。経験が無いということですね。

何故か?当時は若さによって例えポイントを守れていなくても、一定のラインまでは許されていたからです。無論『おぢ』にはそんなものありませんので、出来ているか出来ていないか、0か100かの世界です。完璧にこなす必要があります。

しかし、あなたが「高田純次理論」を実践し身に付けられた時、あなたはパブリックな場でも引く手あまた…は言い過ぎだとしても、あなたを認め受け入れてくれる他者との居場所を手に出来ることでしょう。

 

あなたがラッキーなのは、手遅れになる前にこの「高田純次理論」と出会えたことです。

さあ一緒に『高田純次おぢ』を目指しましょう!

 

 

発表は以上です。ありがとうございました。

 

 

…ブログネタメモで温めてただけあって、筆が乗りに乗って楽しかったです。

投稿時間はいじると思いますけど今朝4時です。月曜日なのに。

 

あと何かAIが内容に適したタイトルを付けてくれる機能が追加されてて、使ってみたらめちゃめちゃ良いタイトルになったので採用してみました。

 

そんなところでまた次のブログでお会いしましょう。